継体天皇像と照日の前像

例によってどこかのネット記事のコピペです。

福井で育った唯一の天皇、継体天皇

近江(おうみ)の国(現在の滋賀県高島市)で、彦主人王(ひこうしおう)と振媛(ふりひめ)の間の子として生まれますが、早くに父親を亡くし母の故郷である越(こし)の国へ母と共に移り住みました。

そこで王にふさわしい教育を受けながら、越前漆器の奨励や福井平野の治水、笏谷石(しゃくだにいし)採掘に貢献するなど数々の伝説を残しました。

50年余りを越の国で過ごした後、57歳で都に上り第26代目の天皇として即位しました。

照日の前

継体天皇が即位以前に寵愛していた女性。

謡曲「花筐」は、世阿弥が越前を訪れたとき、男大迹皇子の伝説を知りこの謡曲を創作したようです。

花筐(はながたみ)

越前の国(現在の福井県)味真野に住む照日前(てるひのまえ)は、男大迹皇子(おおあとべのみこ)に寵愛されていましたが、皇子が皇位を継ぐことになり、都に上る際、別れの手紙と花籠(花筐)を渡され、味真野に置き去りにされます。

都に上り、継体天皇となられた皇子は、あるとき紅葉狩に出かけられます。その一行の前に恋慕のあまり狂女となってさまよい歩く照日前が侍女を伴って現れます。天皇の従者は見苦しいと、照日前が持つ花籠を払い落としますが、照日前は中国の前漢の武帝が李夫人を亡くした故事を語りながら、天皇を慕う苦しい思いを切々と伝えます。やがて花籠と照日前に気付いた天皇は、照日前の心を思い、再び召し使うべく都に伴って帰ります。

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