翻訳が悪いのか、私の理解力が低いのかわかりませんが、とにかくわかりにくい本です。
「持つこと」と「あること」
「持つこと」とは「to have」でわかりやすいのですが、「あること」(to be)とは何なのかが今一つわかりません。
「持つこと」とは、
持つ方向づけは西洋の産業社会の特徴でありそこにおいては金や名声や力への貪欲が人生の支配的な主題となってしまった。
この「持つこと」に対して、「あること」とは、
持つことと対照をなすもので、生きていること、世界と真正に結びついていることを意味する。あることのもう一つの形は見えることと対照をなすもので、あることの語源に例示されているように(バンヴェニスト)、偽りの外観とは対照的に、人あるいは物の真の本性、其の現実に言及するものである。
とても難しい言い回しです。
また、「あること」と「持つこと」の違いは、
ある様式は、今ここにのみ存在する。持つ様式はただ時の中にのみ、すなわち、過去、現在、未来の中に存在する。
持つ様式においては、私たちは過去に蓄積したものに縛られる。金、土地、名声、社的地位、知識、子供、記憶。私たちは過去について考える。そして過去の感情(あるいは感情と思われるの)を想起することによって感じる。(これが感傷の本質である。)私たちは過去である。私たちは、「私は私があったところのものである」と言うことができる。
持つ様式においては、私たちは過去に蓄積したものに縛られる。金、土地、名声、社的地位、知識、子供、記憶。私たちは過去について考える。そして過去の感情(あるいは感情と思われるの)を想起することによって感じる。(これが感傷の本質である。)私たちは過去である。私たちは、「私は私があったところのものである」と言うことができる。
昔読んだ禅の本には、「いま、ここ、自分を生きる」というフレーズがあったと記憶していますが、「あること」とは正にそういうことかもしれません。
過去を後悔せず、未来を憂えず、ただ今だけを生きる — というのは何となくわかりますが、実践はとても難しいと思います。