炎症性腸疾患の病態解明と分子標的治療の Up To Date

(2026-03-11)

以下の論文をまとめます。

炎症性腸疾患の病態解明と分子標的治療の Up To Date

腸管免疫の恒常性維持のメカニズムとIBDにおけるその破綻

腸管粘膜にはほぼすべての免疫細胞が揃っており,病原体などから個体を守るための免疫の活性化と常在菌や食餌抗原に対する過剰な免疫反応を抑制する機構が絶妙のバランスで恒常性を維持している。

IBD ではこの恒常性が破綻し過剰な免疫応答が持続している状態にあると考えられる(図 1)。

潰瘍性大腸炎診断マーカーとしての抗αVβ6 インテグリン抗体の発見

2021 年に潰瘍性大腸炎に高い感度,特異度をもって陽性化する血清抗 αVβ6インテグリン抗体が同定された。 αVβ6 インテグリンは腸管上皮細胞と結合組織のフィブロネクチンとの接着に寄与する分子である。

同抗体は臨床的発症前から血清中に出現することが報告されており,発症前診断や早期診断・治療介入に応用できる可能性がある。

IBD治療における分子標的治療薬の進歩

Overview

抗TNFα抗体製剤の成功は精巧なシステムで恒常性を維持している腸管免疫が破綻し複数の炎症性サイトカインが複雑に絡み合っているIBDにおいても単一の分子を標的とした治療が成立することを明らかにした。

現在までに有効性が確認され承認された抗体製剤は、抗TNFα抗体(インフリキシマブ,アダリムマブ, ゴリムマブ)と抗IL-12/23p40抗体(ウステキヌマブ)および抗IL-23p19 抗体(リサンキズマブ,ミリキズマブ)だけである。

一方,炎症性サイトカインを標的とした抗体製剤とは異なった視点で開発されたのが抗接着分子抗体(ベドリズマブ)である。

ベドリズマブはリンパ球上に発現するα4β7 インテグリン二量体に対するモノクローナル抗体である。

リンパ球の組織へのホーミング(ターゲットを認識して、そこへ向かっていく行為)はリンパ球上のインテグリンの組み合わせで決定され, 腸管粘膜へホーミングするリンパ球は α4β7 インテグリンを発現し,血管内皮に発現するMAd-CAM-1と結合することで腸管組織に浸潤していく.

つまり α4β7 インテグリンと MAdCAM-1 は言わばカギと鍵穴の関係であり、MAdCAM-1 は腸管にしか存在しないため、ベドリズマブは腸管特異的に効果を発揮し全身の免疫に対する影響は少ないと考えられている.

L-12 とIL-23 に共通の分子p40に対する抗体, 抗IL-12/23p40 抗体(ウステキヌマブ)はクローン病,潰瘍性大腸炎に承認されているが, 近年はIL-23 を特異的に阻害する抗IL-23p19 抗体の開発が進んでいる.

クローン病に対してリサンキズマブ,潰瘍性大腸炎に対してミリキズマブが承認され,さらにグセルクマブが治験中である.

ヤヌスキナーゼ(Janus kinase:JAK)阻害薬は炎症性サイトカイン受容体下流の細胞内シグナル伝達,JAK-STAT経路を阻害する.

JAK阻害薬の効果発現は早く(即効性),過去の抗体製剤の治療に抵抗性の患者にも有効性が期待できる. ただし,JAK-STAT経路は4つのJAKファミリーと7つのSTATの組み合わせで制御されており, 炎症以外にもさまざまな生理活性に関与しており副作用プロファイルにはより注意を要する.

抗TL1A抗体

TL1A(別名TNFSF15)はTリンパ球上に発現するDR3受容体に結合しNFκBを活性化する炎症性サイトカインTNF-like factorとして同定された. TL1Aは樹状細胞やマクロファージなどから産生され,Tリンパ球を含めたDR3受容体陽性免疫担当細胞の活性化に関与する.

またTL1A遺伝子はIBD疾患関連遺伝子としても報告されている.現在,IBDについては複数の抗TL1A抗体製剤の国際共同治験が実施されている.

S1P受容体調節薬

スフィンゴシン―1―リン酸酸(Sphingosine-1-phosphate:S1P)は生体膜を構成するスフィンゴ脂質から酵素的に切り出されキナーゼによりリン酸化されることにより産生される. S1PはGタンパク質共役受容体であるS1P受容体に結合することで生理活性物質として働いている. S1P受容体には 5 種類(S1P1~S1P5)あり,その分布は細胞や組織によって異なる.

リンパ組織においてS1P濃度は低く,血中のS1P濃度は高くなっており,末梢血とリンパ組織の間でS1Pの濃度勾配が形成されている. 末梢血中のナイーブTリンパ球ではS1P濃度の低いリンパ節に移行するとS1P受容体を高発現し,樹状細胞による抗原刺激を受けたTリンパ球は, このS1P濃度勾配に従ってリンパ組織から体循環へ移行する.

S1P受容体調節薬はこの濃度勾配に従ったリンパ球の体循環への移行を阻止し,リンパ球をリンパ節内に留まらせる.

分子標的治療薬の併用療法への期待

作用機序の異なる分子標的治療薬が揃うことによって,分子標的治療薬の併用療法への期待が高まっている.併用療法に対する期待の一つはより高い寛解導入率である.

各分子標的治療薬の臨床的寛解導入率は 30~40%前後であり,併用療法によってより高い寛解導入率が可能となればIBD治療のゲームチェンジャーになりうる。

microRNAを標的とした治療の登場

microRNA(miRNA)はゲノム上にコードされた非翻訳RNAに分類され,20~25塩基からなる1 本鎖RNAである.

miR-124は免疫細胞によるTNFαやIL-6 といった炎症性サイトカインの産生を直接的あるいは間接的に制御することから慢性炎症性疾患の新規治療標的として開発が進んでおり, miR-124(ABX464,obefazimod)の潰瘍性大腸炎に対する第II相試験の結果が報告された.

インテグリン integrin

インテグリンとは、細胞の表面に存在する「接着分子」の一種で、細胞と細胞の外側にある物質(細胞外マトリックス)を結合させる架け橋のような役割を持つタンパク質です。

単に細胞を固定するだけでなく、外部の情報を細胞内部に伝えたり、逆に細胞の状態を外部へ反映させたりする「双方向の信号伝達」を担う重要な分子です。

「インテグリン(Integrin)」という名前は、英語の Integrate(統合する) という言葉に由来しています。
1987年にリチャード・ハインズ(Richard O. Hynes)という研究者によって命名されました。

語源の由来は2つの世界を「統合」するという意味です。
この名前には、インテグリンが持つ「細胞の外と中をつなぎ、1つのユニットとして統合する」という性質が込められています。

インテグリンは、α鎖とβ鎖という2つの異なるサブユニットが組み合わさった「ヘテロ二量体」という構造をしています。 ヘテロ二量体とは、異なる構造の2つの分子が結合したものです。

インテグリンはこれまで 24 種類発見されていますが、α4β7インテグリンは主に免疫システムにおいて非常に重要な役割を果たす接着分子であり、リンパ球表面に存在しています。

腸管の小静脈の血管内皮細胞に存在する MAdCAM-1(Mucosal Addressin Cell Adhesion Molecule-1:粘膜血管アドレス決定分子-1)はα4β7インテグリンと強い親和性を持っており、 α4β7インテグリンを持っているリンパ球をキャッチして腸管粘膜へと侵入させる機能を持っています。

炎症が起こるとサイトカイン(TNF-α)などにより細胞表面の MAdCAM-1 が何倍にも増加し、その結果組織内に浸潤するリンパ球が激増します。

腸管は各細胞が隙間なく並んでおり(タイトジャンクション)、その上に厚い粘液(ムチン)の層があって、組織は細菌などから防御されています。

何らかの原因で腸管に一部破綻が起こった場合、健常人では一時的にサイトカインが放出されリンパ球が集積しても上皮が修復されればそれ以上炎症が継続することはありません。

しかし炎症性腸疾患では、もともとムチンが薄く防御機構が破綻しやすい上に、一旦破綻すると免疫反応のフィードバックがかからず、サイトカインが大量に放出されて炎症が遷延することになります。

リンパ球のホーミング

成熟したリンパ球は、自分の役割を果たすのに最適な場所(特定のリンパ節や炎症が起きている組織など)を正確に見つけ出し、そこへと戻っていきます。

これをホーミング(Homing)と呼びます。

リンパ球は、骨髄や胸腺で誕生しますが、誕生直後にはホーミング先の住所は記録されていません。 一度も抗原にさらされていないこの状態のリンパ球を「ナイーブT細胞・ナイーブB細胞」といいます。

ナイーブなリンパ球が抗原と初めて接触した際に、樹状細胞からその抗原に関する情報とその抗原に合わせた攻撃モード・抗原が存在する場所の情報を受け取ります。

この時に、インテグリンがリンパ球表面に発現します。

ホーミングの「多段階接着モデル」

ホーミングは以下のようなプロセスで進みます。

  1. ローリング(Rolling)
  2. 血管内を流れるリンパ球が、血管内皮細胞にある「セレクチン」という分子と弱く結合します。これにより、リンパ球は血管壁をコロコロと転がるように速度を落とします。
  3. 活性化(Activation)
  4. 血管内皮に提示された「ケモカイン(誘導物質)」をリンパ球がキャッチすると、リンパ球側の接着分子(インテグリン)が活性化し、強力な結合ができる状態になります。
  5. 粘着・接着(Adhesion)
  6. インテグリンが血管壁の「ICAM-1」などとガッチリ結合し、リンパ球は血管壁に完全に停止します。
  7. 血管外遊走(Diapedesis)
  8. リンパ球が形を変え、血管内皮細胞の隙間を通り抜けて組織内へと潜り込みます。

ローリング

ローリングは、リンパ球のセレクチンと血管内皮細胞のリガンド糖が弱く結合してすぐ離れることで速度を落としてコロコロと転がることです。 これはホーミングをする場所を探すプロセスであり、血管内を高速で移動していてはホーミングする場所を正確に特定することはできません。 ホーミングのターゲットは決まっているのですが、サイトカインなどを出してリンパ球に出動要請をしない限りは、リンパ球は組織に侵入していきません。

サイトカインによって血管細胞内にあった接着分子が細胞表面に発現し、血管内皮細胞表面にケモカインをまぶすことによってリンパ球の表面にあるインテグリンが活性化されて、 血管内皮細胞の接着分子と強固に結合してリンパ球を固定します。