大腸腫瘍に対する酢酸併用拡大内視鏡を用いた pit pattern 診断の方法と実例

(2025-07-03)

以下の論文をまとめます。

大腸腫瘍に対する酢酸併用拡大内視鏡を用いた pit pattern 診断の方法と実例

はじめに

一般的に使用される拡大内視鏡としては,クリスタルバイオレット(crystal violet:CV、製品名ピオクタニン)を用いた色素拡大内視鏡(magnification chromoendoscopy with CV staining:CV-MCE) および特殊光を用いた拡大内視鏡がある.

癌の深達度診断において前者がやや精度が高いとされているが,染色に時間を要することや消化器内視鏡学会から CV の発癌リスクが注意喚起されたことから,近年は後者が汎用されている. (学会によれば発癌リスクも安全性も確認されていない)

われわれは Narrow-Band Imaging(NBI)併用拡大内視鏡(NBI with magnification endoscopy:NBIME)に酢酸強調を併用することで, 大腸ポリープ表面の腺構造が立体的に視覚化されることを報告している.この酢酸併用 NBI 拡大内視鏡(NBIME with acetic-acid enhancement:A-NBIME)は, 安全に短時間で CV-MCE と同等のpit pattern 診断が可能となるため,臨床的にも有用性が高い.

CV-MCEと A-NBIMEによるpit pattern 描出の違い

CV は紫色の脂溶性色素で,窩間部表層の上皮細胞の核を染色し,窩間部が紫色に染色され,細胞がない腺窩が白く抜けることで pit pattern を視覚化する. 一方,酢酸は上皮細胞内の特定の蛋白を可逆的に構造変化させ,窩間部の照射光の透過性が低下する. これに NBI を併用すると,窩間部が白く,腺窩が黒く視覚化され,腺構造が立体的に描出される. 両モダリティーでみられる pit pattern には異なる点もあり,両薬剤の化学的性質の違いに起因する(Figure 1 ).

酢酸はカルボキシ基とメチル基が結合した両親媒性の性質で,分子量も小さい.そのため,腺窩内の粘液に容易に拡散して腺窩の深部まで到達し,細胞膜も速やかに通過する. この結果,短時間で窩間部だけでなく腺窩辺縁上皮も変色する.

一方,CV は 3 つのベンゼン環が結合したトリフェニルメタンにジメチルアミノ基が結合した構造で,分子量が大きく,僅かに極性はあるが難水溶性である. そのため,粘液を多く含む腺窩内に拡散しにくく,腺窩辺縁上皮には到達に時間がかかり,窩間部が染色される. このため,CV-MCE では染色時間が短いほど腺窩の大きさは実像よりも大きくみえる. A-NBIME で認める pit の大きさは CV-MCE より小さくなるが,これはむしろ腺窩の真の大きさを表していると言える(Figure 2 ).

また,ポリープ表面に粘液が固着している場合,CV は粘液を通過できず不染域となるが,酢酸は粘液を通過して深部の pit pattern を描出できることも多い(Figure 3 ).

A-NBIME による pit pattern 診断

A-NBIME においても,工藤・鶴田分類をもとに作成されている pit pattern 分類を用いた診断が可能である.

Figure 4 に A-NBIME および CV-MCE の各 pit pattern を示す.これは同じポリープのほぼ同じ部位を両モダリティーで撮影したものである.

類円形のⅠ型,asterisk 様(CV では星芒状)のⅡ型,小型類円形のⅢs 型,管状(ⅢL-1)または藤壺様(ⅢL-2)のⅢL 型,樹枝状または脳回様のⅣ型, これらの形態が不整な VI 型(pit の輪郭が明瞭な VI 型軽度不整,pit の辺縁不整 /輪郭不明瞭な VI 型(高度不整),pit が消失して無構造となったVN型に分けられる.

なお,CV-MCE では VI 型(高度不整)および VN で「窩間部の染色性低下」がみられるが,A-NBIME では酢酸による変色性の低下はほぼ認められない.

Pit pattern は病理組織像と関連しており,Ⅰ 型は非腫瘍腺管,Ⅱ 型は過形成,粘液で開大した開Ⅱ型は鋸歯状腺腫,Ⅲs 型は陥凹性病変で多く腺腫または M-SM1 癌, ⅢL 型は主に管状腺腫,Ⅳ型は管状絨毛 / 絨毛腺腫または癌,VI (軽度不整)は高異形度腺腫または M-SM1 癌,VI (高度不整)は SM2 癌が多く, VN はほぼ SM2 癌である.

A-NBIME の方法

A-NBIME は通常,白色光・NBIME に連続して行う.NBIME で拡大の焦点が合った状態で 1.5 %の酢酸水溶液を鉗子孔から直接注入すると,粘膜は白濁し,腺構造の輪郭が速やかに明瞭化する. この変化には酢酸と粘膜との数秒の接触時間が必要である.酢酸強調のコツは,酢酸溶液を散布するのではなく,ポリープの表面を数秒かけて流すことである. この時,浸水下で行うと,NBIME で視認されている surface pattern との対比が行いやすい.

注意すべき点として,酢酸の使用量が増えると腸蠕動が増強し,その後の観察が難しくなる場合がある. 酢酸の総使用量を抑制する方法として,われわれは鉗子孔から 10mL ほど酢酸溶液を注入した後に,生理食塩水で後押ししている.

なお,酢酸水溶液は薬剤部で 3 %に調合したものを冷蔵庫で保管し,使用時に 1.5%に希釈して使用している(浸水下では希釈せずに使用することもある).

一般に酢酸は弱酸であるが,酢酸濃度が上昇すると電離が亢進して溶液の pH が著しく低下する. したがって,高濃度の酢酸水溶液を検査時に希釈して使用することは事故に繋がる可能性があり,避けた方がよい.

拡大観察時の構造強調は,NBIME および CV-MCE ともに腺構造が強調される A7-A8 が推奨されているが,筆者は輪郭のシャープな画像を好み, NBIME および A-NBIME ともに B7-8 を使用している.B7-8 では,NBIME において surface pattern はやや不明瞭化するが,vessel pattern は明瞭にみえ, A-NBIME における pit pattern 診断では支障を感じない.

大腸内視鏡における A-NBIME の適応

A-NBIME は簡便に pit pattern を描出できるが,多くの症例は白色光と NBIME で質的診断が可能である. また,酢酸の過剰使用は腸蠕動を亢進するため,NBIME で診断に悩む症例が A-NBIME の適応と考えている. 具体的には NBIME で JNET(the Japan NBI Expert Team)分類 2B 型あるいは診断に確信がもてない症例に対して,A-NBIME による pit pattern 診断を施行している.

なお,インジゴカルミンを用いた pit pattern 診断は簡便で,蠕動も亢進しにくいが,腺窩の浅いⅢs 型やⅤ型 pit を描出できないため, NBIME で surface pattern が不明瞭な(=腺窩が浅い)症例では有用性が低いと考えている.

A-NBIME の効率的な運用

3 名の expert がモダリティー別に提示された画像を読影し,過形成・腺腫・M-SM1 癌・SM2 癌から診断を選び,各モダリティーの正診率と診断一致性を比較した(Figure 5 ).

正診率は expert 3 人中 2 名以上が一致した合意診断を用いて算出した.画質不良や病理評価困難,進行癌など 90 病変を除いた 628 病変が登録された. 内訳は過形成 38 病変,腺腫 488 病変(鋸歯状腺腫含む),M-SM1 癌 72 病変,SM2 癌30 病変であった.

各モダリティーの診断精度(Table 1 )

白 色 光 で は 98.7 %(620/628),NBIME と A-NBIME では全例で合意診断が得られた.合意診断による正診率は白色光 80.8%(501/620),NBIME 79.3%(498/628), A-NBIME 86.1%(541/628)であった.NBIME は白色光に上乗せを示せず,後述するように JNET 分類 type2B に腺腫が多く含まれているためと考えられた.

以上の結果から,白色光で腺腫と診断する症例では,気になる所見がなければ拡大観察を省略してもよい可能性が示唆された. しかし,NBIMEは簡便で診断一致性も高いため,筆者はほぼ全症例で NBIME を行っている. また,既報でも推奨されているように,われわれも JNET 分類 2B 型および診断に自信がない症例で A-NBIME による pit pattern 診断を行っている. 大腸ポリープの多くは白色光と NBIME で診断可能であり,pit pattern 診断を行う症例の選別と A-NBIME は大腸内視鏡検査の診断精度と効率性を高めるものと考える.

症例提示

症例 1 :直腸に約 40mm の退色調の側方発育型腫瘍(LST-G,Mix)を認め,中央に凹凸のある台状隆起を伴っていた(Figure 6-A).
台状隆起部の NBIME では,surface pattern は朧ろに視認されるが,腺構造の輪郭は不明瞭であり,口径不同と走行不整のある血管が視認され,JNET 分類type 2B と判定した(Figure 6-B).
NBIME 観察下に 1.5%の酢酸水溶液で変色させた A-NBIMEでは,不整に分枝した腺開口部が立体的に視覚化された. 腺構造は不整であるが輪郭も明瞭であり,pit pattern は type VI(軽度不整)と判定した(Figure 6-C).
腺腫内癌,粘膜内病変と考え,内視鏡的粘膜下層剝離術にて一括完全切除した. 切除標本の crystal violet 染色では A-NBIME と同様のpit pattern が視認された(Figure 6-D).
組織学的には腺腫内癌であり,台状隆起部で高分化型粘膜内癌を認めた(Figure 6-E).

症例 2 :横行結腸に 30mm 弱の側方発育型腫瘍(LST-G,Mix)を認めた(Figure 7-A).
青枠のNBIME では密度の低い管状構造をもつ surface pattern を認めた.血管の口径不同が目立つため,高異形度腺腫または M-SM1 癌を疑った(Fig-ure 7-B).
病変内口側の黄枠部は軽度陥凹しており,浸潤癌を疑った(Figure 7-C).
NBIME では不整な surface pattern を認め,JNET 分類 type2B と考えたが,腺構造の輪郭は不明瞭であった(Figure 7-D).
A-NBIME で微細で不整な腺構造の輪郭が明瞭化し,一部で腺構造の不明瞭化(赤・黄矢印)を認め,pit pattern は type VI(高異形度), 一部で type VN と診断した(Figure 7-E).
浸潤癌と診断したが,高齢であることから内視鏡的切除を希望され,内視鏡的粘膜下層剝離術で一括切除した.組織学的には SM2 に浸潤する管状腺癌であり,深部断端は陰性であった(Figure 7-G).
腫瘍表層に明らかな間質反応は認められなかったが,一部で腺腔の消失を認め,部分的に VN 所見を呈した原因と考えられた(Figure 7-H).